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僕がニートになるまでの歴史23歳編②~就活パフォーマンス~

僕歴シリーズ23歳編①からの続きになります。前回は、原付免許を取得したところまで書きました。それでは続きを書いていこうと思います。前回を未読の方はこちらからどうぞ

原付の功罪

原付免許を取得してバイクに乗れるようになった事で、俺は23歳にして移動距離が革新的に広がった。チャリの時と違い、気軽に街まで出かけられるし移動時間も短縮される。これはバイクや車に乗っている人全般に言える事なのだけど、この生活に慣れてしまうともうランクを下げる事は考えられないレベル。それくらい日常に変化があった。

こうやって行動範囲が広がる事は、学校くらいしか行かない自分にとっては転機となっていた。自転車と違い、大抵の場所へは自分で行けるようになる。原付は自転車のようなノロノロした速度ではないため、スピード感も出て非常に気持ちが良く新しい世界に出られたようでなかなか楽しい

 

これと同時に、ちょうどこれから予定のある愛ワークにも通いやすくなった。何しろ愛ワークは街中にあるため、俺の家からでは自転車でもそこそこ時間をかけないと街まで辿りつけないからだ。

自転車だったら、ちょっとした求人探しや相談、ちょっと面接練習・・などという動きは取りづらかっただろう。苦労と言うと大げさだが、チャリで一度出かけたらそれに見合う有意義な時間であって欲しいという期待を背負ってしまう。もともと出不精な面も持っていたが、原付によってこれらが緩和された事には変わりない。

ただ、原付を手に入れてからと言うもの、まともに自転車に乗る習慣は無くなった。人間、少しでも良い生活をするとランクを下げられなくなると書いたがその通りの生活だ。暑がりな人が夏場にクーラーをガンガン使う生活から、扇風機オンリーの生活に戻すのが大変なような感じだ。

 

ただ俺のニート脱出論で伝えるならば、この原付取得に関しては非常に有効な手段だと思っている。何らかの理由で免許を取れない人は別の話になるが、ニートに取って移動できる場所が広がる事は非常に良い。自転車で定期的に通える範囲しか移動しないのと、車や原付で大きく移動するのではかなりの差が出てくる。

少しでも、大きく世の中を見られる事は大小なり生活に変化をもたらしてくれる好材料である。身体を使わなくなるという課題は残るものの、運動する習慣があるのなら特に問題は無いだろう。手ごろな中古原付などもあるので、所持していない人は原付という手段を考えてみるのも一つの手だと思っている。

 

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「愛ワークで何をしていたのか」という話

愛ワークの話もしておこう。おそらく読者の方も聞いた事くらいはあるのではないかだろうか。正式名称は「ジョブカフェ愛ワーク」という。地域によって愛ワークの部分は変わってくるが。もう作られたのがどれくらい前だっただろうか・・。

俺がちょうど就活で悩んでいた時期は、社会的にも若年者の救済が叫ばれていた。そういう世の流れにそって、昔ながらのガチ大人向けしかなかったハロワが若者向けにも作られたのだ。それがジョブカフェだ。

愛ワークに行く時は電話で予約をして、行く日を決めておく。これには理由があってアポなしで行くと、スタッフの方が忙しかったりと相手をしてもらえない事もザラにあるようだからだ。初登録から、再来と関係なく予約は入れた方がいい。万が一、担当してくれる人がいないと二度手間でまた行かないといけないハメになる可能性もある

 

初の愛ワークは、色々と書類に記入して相談に乗ってもらう事が中心になった。俺の担当になった人は年配の男性だった。優しそうな人だったので安心して現状を話す事ができた。俺は、昔から大人の男性というのが苦手であった。何だか親父みたいな「気合と根性」のごり押しばっかり言う人しかいないと言う偏見があるからだ。

しかし相手はプロである。俺は「就活の相談に来た」と言いながら実際に行動をロクにしなかったが、それでも「早く就活に手を付けて下さい」などと急かす人でもなかったのが良かった。

人によっては厳しい事を言われたり、相談スタッフと揉めて仲が悪くなる人もいるという話も、他の利用者を通して耳にする事があったが、どうやら俺には無縁だったようだ。人間同士なので合わない人が当たっても、それはそれで仕方が無いとは思うのだが。

 

就活セミナーを受けるだけ

短大2年になっても俺は夜間のみの学生で、昼間は何もしていないままだった。そのため、朝から愛ワークに行く事も一つの日課となっていった。家に居ても親はうるさく、仕事を探している素振りだけでもやらないと居心地が悪かったからだ。

特に面接を受ける訳でもないけれど、親へのパフォーマンスとして大量の就活してるっぽい書類を持って帰る事もしばしば。それっぽい就活風景が見えないとウチの親はうるさい。就活応援セミナーなどで履歴書の書き方や、面接の練習も手伝ってもらえたので、俺はどんどん参加するようになっていった。

最初はかなりセミナーに抵抗があったが、これも相談員さんのおかげで参加している。というのも「試しに参加してみたらいい」と相談員さんが勧めてくれるので、まあお試し程度ならという気楽さが後押ししてくれていた。セミナーを躊躇っていた理由として俺は、セミナーを受けると何かしら就活のガチレールに乗せられるのでは?と思い怖かったからだ

 

例えば「おまえセミナーを受けたから面接くらいは行こうな?」的な、受けた以上はそれなりの行動を見せろよという空気に変えられる事を恐れていた。

さすがにそういった事は無かったが、俺はスーパーなどで試食すると「買わないと申し訳ない感」を持つタイプ。「本当に・・本当に試しにセミナーを受けるだけですから・・」という感覚で受け始めたのを覚えている。

 

また、それなりに愛ワークが注目されている時期でもあった。ローカルのテレビ局で南海放送だったと思う。若年求職者の就活風景として就職セミナーを受けている様子を撮影させて欲しいと言われた時には驚いた。ただでさえ大学を普通に卒業しているはずの年齢の俺。ローカルであろうとテレビに顔面を出されていいワケが無い。

この時ばかりは、向こうから撮影の是非を問われる前にこちらから「僕、顔は無理なんで」と名乗り出て、後ろの方の絶対に映らない席に変えてもらったのを覚えている。そんな事態も回避しながらセミナーへの参加は徐々に増えて行った。

 

就活乙女との出会いに期待した僕は

 

セミナーに出ていると、やはりジョブカフェとして利用者の年齢層が一定である事に気がつく。そりゃそうだ。若年者が就活をしているのだから。そして偶然にも同い年で、就活をしている女性と隣になる事があった。お互いに就職に困っていて、必死にセミナーを受けて仕事に辿りつこうとしていたので話も合う。

(まあ、俺の場合は必死さで言うと微妙なところもあったが)

 

ちょっと自分と似たような感じの”ドンクサイ”感じのありそうな娘だったが、素直で可愛らしい感じはあった。連絡先も交換してはいるが、特にお互いに好意を持ってどうこうなるという関係でも無かった。

ただし、この娘にはプライベートで一度だけ誘われた事がある。メールでのお誘いだったので、内容は今でも覚えている。大体ではあるが、「何月何日に、決起集会があるのでご参加よろしくお願い致します」との内容だった。いきなりで少し怖かったのもあり、普通にスルーしたが・・。

彼女からは、その後に一斉送信で「結婚しました」との連絡も受けている。もはや何が起こったのかわからないが、幸せそうでいいのではないだろうか。

 

出会いが無いと言う人は、就活をするフリをして出会いを求めるのもありかもしれないと今になれば思う。いいじゃないか。仕事をしていなくても恋はしたい事もある。

気が付けば、愛ワーク通いも生活の一部になっていた。具体的に面接を受けたりしないまでも、形だけは就活生になって行く。

 

それでは次回に続きます。

 

僕がニートになるまでの歴史シリーズ

 

 

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不登校→ひきこもり→ニートから社会復帰しバイトをするも凡ミスを連発。たび重なるエラーで職場に居られなくなり転職を繰り返す。そんな中、仕事で頻繁に起こるミスの原因は発達障害の影響と発覚。復帰と挫折を往復して現在はニートの1982年生まれ。

ニートに至るまでの経緯を決して無駄には出来ないと考え「僕がニートになるまでの歴史シリーズ」で半生を書き散らかしている。ニート当事者の方、保護者の方、またその他の方に届けられる記事を書いていきたい。
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